まゆと伊豆

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三嶋暦ってなに?〜そもそも旧暦ってなに?(2022.4.28加筆)

三嶋暦をみなさん、ご存知ですか?

今回は知ると三島がより好きになる、三嶋暦を紹介します。

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三嶋暦ってなぁに?

そもそも暦や旧暦ってなぁに?

暦とは旧暦のカレンダーのことです。

旧暦とは月の満ち欠けを示したもので、旧暦だとひと月が29日ほどでした。

旧暦のすごいところ

月の満ち欠けを頼りにしていた理由のひとつに、満月の日はパワーが満ちているので、何か新しいことや頑張りたいときはこの日にするのが良いとされています。

突然スピリチュアルな話になってしまいましたが、満月の日は重力の関係で、地球上のパワーがみなぎっていると科学的にも証明されています。

weathernews.jp

満月になると出産が多くなると言われていたり、(真実かどうかはさておき)オオカミ男も満月の夜に変身するというわけで、満月になるとなんだか地球上のパワーが活発になるのにはなんとなくうなずけます。

(ウミガメの出産も満月のイメージですよね)

逆に満月からどんどん月が欠けて新月になるときはデトックスの時期だそうです。

予定を立てるときは月の状態(旧暦)を確認するのが良いかもしれませんね。

ちなみに私はアプリで旧暦のカレンダーを入れて、これを知ってから意識するようにしました‼︎

旧暦は人間のバイオリズムに合わせたすごく良いカレンダーだったんですね。

 

旧暦の問題点?

旧暦はひと月が29日。

29日×12ヶ月=354日

になるので、普段私たちが使っている太陽暦だと約11日ズレてしまいます。

そのズレを修正する為に、数年に一度、『閏月』を足して1年が13ヶ月にしていたそうです。

24節気で補足

これで解消したように思われますが、昔は今よりも農民が多かった為、旧暦だけでは今が春なのか秋なのか分からず、種まきや収穫の時期が分からなくなってしまいます。

そこで使うのが24節気です。

今でも立春夏至なんて言葉を耳にすることがあると思います。

これはここから来ていました。

24節気は太陽の動きで1年を24等分に分けています。

暦は最初は中国から!

さて、そもそも暦が日本に入ったのは690年ごろ中国から入ったと言われています。

囲碁に勝ったら暦を教えてもらうという約束で、見事日本が勝ちます。

三嶋大社の本殿の上に3つの彫刻があり、その中の一つがこの様子を描いています。

この3つの彫刻の意味は『平和は知恵と勇気で成り立つ』という意味だそうです。

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地域ごとに暦づくりが始まる!

当時の暦は漢字で書かれていてとても難解でした。

暦の領は天皇の権限で、それを書写したのが京暦で、当時は貴族が使っていました。

さらに旧暦の説明のときにも述べたように、閏月の計算など高度な天体技術が必要でした。(文系の私にはさっぱりです…)

当時は各地域の技術者たちがそれぞれの技術力を出して、各地域ごとに暦を発行していました。

そこで三島もオリジナルの暦を作ることにしました。

三嶋暦、大人気!

鎌倉時代に入り、武士や庶民にも分かりやすいようにかな文字で印刷されたのが三嶋暦です。

やがて京暦もかな文字になります。

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こちらがその三嶋暦ですが、文字の美しさ、繊細さに人気が出て、旅のお土産として選ばれたり、江戸時代初期から幕府公式の暦になります。

繊細で美しいものを「みしま」と呼んでいて、そこから来て生まれたものが三島茶碗にあります。

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三嶋暦を見に行こう!

さて、その三嶋暦を作成していた家がまだ残っています。

それが三嶋大社から近い「三嶋暦師の館」です。

g.co

 

建物もすごかった!

入口にある看板なのですが、なんとまさかの我らが『江川太郎左衛門』の文字が!

ガイドの方の話によると、この江川太郎左衛門は英龍さんのことではなく、息子の英敏さんではないかということです。

 

(???と思った方はこちらをどうぞ)

 

 

mayu-egawatei.hatenablog.com

 

 

しかしよく読むと、裾野にあった建物をわざわざ三島に持ってきたことに驚きです。

地元で作ったほうが手間が掛からないのでは?と聞いたところ、

この建物は柱などの材料が高級な物をるだけではなく、何年も材料を乾燥させて作ったなどとても気の遠くなるような手間をかけて出来上がった物だったのです。

だから、地元で作るよりも、運びやすいように一度解体して、三島で組み立てたそうです。

また、このような手間を掛けたおかげで、今よりも昔の建物の方が長持ちするのだとも言っていました。

三嶋暦に触れる前からこの建物の凄さを感じてしまいます。

 

こちらには無料のガイドさんがいますので、知識ゼロでも知ることができるかと思います。

 

美しいものの象徴「みしま」。三島市民がうらやましい。

このお話を聞いて、三島市民がとてもうらやましく感じました。

三島という地名自体が美しいものの象徴だったのですね。

三嶋暦、これもまた大切に守っていかなければならない大事な文化ですね。

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